2012年6月30日土曜日

猿じゃない!?

ネオテニーで猿からヒトが進化したと言われているが、そう単純ではない。

赤ちゃんは無毛で生れてくるが、胎児は一度毛むくじゃらになっている時期がある。

胎児には毳毛(ぜいもう)と呼ばれる毛が体中に生えているが、出産前にそれがごそっと抜け落ちる。


(エレイン・モーガン著『人は海辺で進化した』より)


ごくまれに、それが抜け落ちないで毛むくじゃらの子が産まれることがある。

その毳毛の毛の向きがヒトが泳ぐ時の水の流れの向きになっている。

これもヒトが一度水中生活をしていたのではという「アクア説」の根拠となっている。

毛皮を脱いで生れ出てくる人類は、着ぐるみを脱いで「ふっー」という感じか。


(ペルソナより、クマ)



2012年6月29日金曜日

男女の産み分け

授業でやったようにアカシカのメスはハーレム内の自分の地位に応じてオスメスを産み分けられる。

地位が低いメスは、あまり餌をもらえないために大きな子供を産めないし、子供を大きく育てることもできない。

そういう場合には、オスを産んでも将来ハーレムを率いるようなものになる可能性は低い。
しかし、メスなら確実に子供を残せる。

ということで、その場合にはメスを産むのが得策だ。

一夫多妻の動物では、オスがハーレムの主になれば大成功で沢山の子供を残せる。しかし、ハーレムを持てなければ一匹の子供も持てない。オスは当ればでかいが外れたらゼロ。

一方、地位の高いメスはオスの子供を産めば、そのオスは立派なオスとなって沢山の子供を残せる。
ということで、オスを産むのが得策だ。

実際に、アカシカのメスではそのような傾向が見られる。


実は、ヒトの女性も産み分けができるのではないかと考えられている。
米国の大統領の子供は息子が多いという研究がある。
(日本の総理大臣だったらそうはいかない、笑)

つまり、ステイタスの高い男性の妻は男子を出産する可能性が高いということ。

しかしこれはまだ未解明な研究分野であり、環境(立ち位置)に応じて女性がどのように男女の産み分けが可能かは不明な点が多い。

孫の数まで計算して子供を生さねばならない。
これも生物ゆえ。



合衆国大統領がこの世で一番権力があるとしたら、何十人、何百人の男子を残してもよいようにも思うのだが(人類に一夫多妻であった時期があると言われている。この話しはいずれまた)。

藤原摂関家なら女子が喜ばれたろうに(宿主と寄生虫の関係だろうけど)。

2012年6月28日木曜日

XYのダンス

減数第一分裂時、常染色体は相同染色体同士で対合する。

その際、染色体同士相同な配列部分で組換えを起こしている(交叉)。

仲良し二人が手を握りあっているようなもの。



その格好で紡錘糸に引かれながら左右に動くので、ダンスに例えられる。

(コードギアスより、シャルルとC.C.のダンス、笑)


このダンスが減数分裂進行にとても大事で、染色体はペアになれる染色体パートナーを必ず見つけないといけないというしばりがある。
パーティー会場では必ずカップルを見つけてダンスを踊らなくてはならない。

*ロバと馬の合いの子のラバが生殖能力がない(生殖細胞がつくれない)のは、お父さんとお母さんからもらった染色体が相同ではないために、減数分裂時に染色体が対合ダンスを踊れないのだ。ヒョウとライオンの合いの子のレオポンも同じ。


しかし、男の細胞では形の異なるXとYが一本ずつしかない。
減数分裂の時、XとYはどうなるの?

実はXとYとの間で対合、交叉が起こる。

今でこそ、ちんけなY染色体だが太古にはX染色体と同型であった(以前、ブログで述べた)。

XとYはまだそのなごりでところどころ共通した配列を有している。

それがPARと呼ばれる、XとY染色体の末端部分である。



*相同な部分を黒とつないだ線で示している。性染色体末端がPAR。


落ちぶれたとは言え、YはXとダンスを踊るために相同な場所を捨ててないのである。


そのXとYの交叉時の組換えが時として思わぬ不幸を人々にもたらす。

Y染色体上に男性化のスイッチを入れる遺伝子のSRYが乗っていることは話した。

そのSRYが実は運悪くこの組換わるPARのすぐ内側にある。



そのために、SRYを巻き込んで誤って組換えが置きてしまうことがごくまれに起こる。
するとYにあったSRYが組換えでXに乗り移ってしまう。

その結果、XなのにSRY遺伝子をもつもの、YなのにSRYを失ってしまたものができてしまう。

そのようなXとYが子孫に受け渡されると、前者ではXXなのに男、XYなのに女、になってしまう!

そのような人は外見上は正常な男や女になるが(SRYの有無で男女が決まるため)、生殖能力を欠いてしまうことが多い。

大事な遺伝子なんだから、深窓の令嬢(SRYなのでおぼっちゃんか)然と染色体の奥に鎮座ましましていろよ!、といいたい。

(黒執事、シエルおぼっちゃま)





2012年6月27日水曜日

より進化した生物は誕生するか?

スペースシャトル(ロケットも含めて)はなぜ事故や故障があんなに多かったのか?

将来、地球上に遺伝子を沢山もった複雑な生物は誕生するか?


この一見異なる問は共通している。

今日の授業でウイルスの遺伝子(RNA)複製システムはある程度いい加減でもよいが(10^3〜10^4、10の3乗〜10の4乗塩基に1つのミス)、ヒトの遺伝子複製システムは正確(10^8〜10^10塩基に1つのミス)でなければいけない、という話しをした。

スペースシャトルと車に例えて話しをすると、

車        5万個の部品
スペースシャトル 250万個の部品



一つ一つの部品の歩留まり率(不良品でない比率)が、0.999999(100万個に1つ不良品がでる場合、10^6に1つのミス)だとすると、不良品でない製品ができる率(一つでも不良品が混じると完成品は不良品になるとする)は


車        (0.999999)^5万 = 0.95(20台に1台は欠陥車)
スペースシャトル (0.999999)^250万 = 0.8 x 10^-25(と、とんでもなく低い)

このように部品が多くなればなるほど、一つ一つの部品を作る際の歩留まり率をあげなくては、到底完成品はつくれないということである。

部品を遺伝子と置き換えて生物の話しに戻すと、それぞれの遺伝子数は大雑把に

ウイルス  10個
ヒト    23000個

複製のエラー頻度がウイルス並みで10^-4で起こるとすると、遺伝子1つが1000塩基くらいだから、

1000塩基 X 0.0001 = 0.1の確率で遺伝子に不良品が出る。
つまり、歩留まり率0.9の部品を使って生物を組立てるようなもの。

ウイルス  (0.9)^10 = 0.35 の確率で使える完成品ができるが、

ヒト    (0.9)^23000 ≈ 0 ほとんど使える完成品はできない。

つまり、部品(遺伝子)の多い生物はDNA複製が正確でないと子孫が生きていけない。

ということで、10^-10のエラー率だとすると、遺伝子1つ当りのエラー率は1000 X 10^-10 = 10^-7となり、歩留まり率は0.9999999となる。

その結果、
(0.9999999)^23000 = 0.9977 (1万人に23人が不良となる)



上記において、DNAの変異は全てそれが不良品を産む訳ではないので(塩基が変異してもアミノ酸が変化しない場合、似たようなアミノ酸に変化する場合がある)、上の話しは過大評価されている話しとなるが。

生物が遺伝子数が殖えて複雑になれるかどうか? という冒頭の問いに対しては自ずから答えは出よう。

分かっている中で最もたくさんの遺伝子を持っているイネでも遺伝子数は4万弱である。

恐らく、これが生物の遺伝子数の上限である。

遺伝子が10万個になった場合には、現在のDNAポリメラーゼの複製の正確性をあと2桁くらい上げてないと追いつかない(その際の完成品の歩留まり率は0.9999)。


残念ながら、スペースシャトルのような複雑な生物は地球上には誕生しないのだ。

これ以上夢の続きはなさそうだ。。


2012年6月26日火曜日

マラソン選手とかけまして

マラソン選手とかけまして、松の木、とときます。

そのこころは、はしらにゃならぬ。

と古くからあるように、松というと曲ったイメージがある。

白砂青松というように、防砂林、防風林として海岸沿いに積極的に人の手で松は植えられてきた。
この風のため松は極端に曲ってしまっている。

清水の有名な羽衣の松も、これぞ松!って感じで曲っている(笑)



しかし松はそう極端に曲りたいわけではなく、風がなければ曲りもしない。

盆栽の松は、それふうに人がわざわざ枝を幹、枝をたわませて形を作っている。


植物は、一旦そこに根を下ろすと動けないため、気候や環境に対応した可塑性(形を変えること)に富んでいる。遺伝子は決まっていても、その環境に適応して生き抜く力を生物は多かれ少なかれ持っている。

このブログは『遺伝子!万才』的なノリのようだが、確かにそのような側面を強調する話しが多いが、もちろん、生物は環境に対応してゆく柔軟性をもっている。

生まれ(遺伝子)で決まるのか、その後の育ち(環境)で決まるのか? 氏か育ちか?

遺伝子も環境もどちらも大事だろ? っていうあなた、ではどちらがどの程度大事だと思う?

それを教えてくれるのが、一卵性双生児である。

下の標は、一卵性双生児(遺伝子型が全く同じ)、二卵性双生児(一緒に産まれた兄弟のようなもの、遺伝子型は異なる)で、どのくらいその形質が一致するかというもの。
一卵性双生児で似ているにもかかわらず、二卵性双生児で差があるものは遺伝子の力が強いと言える(育った環境は同じ筈だから)。


これを見ると身長やIQはかなり遺伝的な寄与が大きい。

これに比べて虚血性心疾患は遺伝的素因が少ない。


この項目に、根気とか、浮気性、性格の項目がもっと欲しいところである。

海岸に生える松は風に吹かれて曲るように、かなり厳しい生活環境で育てられれば、人間不信になりもする。性格はかなり可塑性があろう。


一卵性双生児が別々の環境で育てられたらどれだけ性格が異なるか、それこそWの悲劇等、ドラマで描かれる世界である。



遺伝子をくれたヒトが母ならば、環境も母である。


環境に応じて変化する可塑性があってこその生物と言える。

トランプに例えれば、遺伝子は最初に配られた手札に相当する。
手札は決まっているが、それをどう使うかはプレーヤー次第。
プレーヤーは相手プレーヤー(これが他個体、他生物、環境に相当)の出方で作戦を変える。

生物というのは、決められた手札でいかに勝ち抜くかを競い合っているようなものなのだ。
競い合う相手は同種であったり、異種であったり、異性であったり、同性だったりする。




2012年6月25日月曜日

なぜ裸になったの?

ヒトはなぜ体毛を失ったか。

これに関しては、色々な仮説が出されているもののまだ決着がついていない。

ヒトの祖先がそれまでの樹上生活からサバンナで生活するようになり、炎天下で過激な運動をした時、毛を失うことで体温上昇を防ぐのに役立ったのでは?

という仮説もその一つであるが、現在のサバンナに棲息する哺乳類はみな体毛を持っている。
裸のチーターとかいない。

研究者が実験で動物の体毛を刈ったところ、逆に体温が上がってしまった。

アフリカの造山運動でサバンナが広がったことと人類の進化を絡めたのが「サバンナ説」であるが、実はその後、人類の祖先が二足歩行を始めたのが370万年前であり、サバンナが広がり始めたのが250万年前であることがわかり、サバンナ説はその根拠を失った。

では別の説。

哺乳類の中でどのような生物が体毛を失っているかをみれば、それが類推できるであろう。
これは正しい態度であるが、そこから導かれる結論は意外なもの。

現在体毛を失っている動物はまず、クジラ、イルカ、ジュゴン、マナティーなどの水棲動物。
その他には、ゾウ、カバの半水棲動物。ゾウの先祖は水棲だったことが分かっている。

つまり、水棲、半水棲生物が毛を失う傾向を有している。
(ハリネズミの針、アルマジロなどの甲羅は体毛が変化したもの)

それを踏まえて、人類の先祖は一度、水辺の近くで、半水棲生活をしていたのではないかとの「アクア説」がある。

これはトンデモ話しとして片付けられがちであるが、体毛の喪失だけではなく、上記の水棲動物に共通してみられる他の性質もヒトは有している(他の霊長類にはない)。

• 厚い皮下脂肪層(体温保持のため)
• 意識的な呼吸コントロール(犬、猫は意識的に呼吸ができない)
• 喉頭の後退(このため、気管にご飯が間違えて入ってむせることになる)
• 涙を流す

この他にもある。

直立二足歩行も水中であれば容易に行うことができる。

これに対しては、他の説と同様に反論もある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/水生類人猿説


ただし、それが正しいとしても、マナティーのようにそのまま海に進出するということはなかった。
なっていれば、それこそ人類は人魚になっていたのに。



温泉に入る日本ザルもひがな温泉生活をしていたら、ヒトに進化するかも。



2012年6月24日日曜日

役割語の役割

「わしの発見した遺伝子を欠損させたマウスを作製したところ、内臓逆位が起こることが明らかになったんじゃ」

とか話す大学教授に出会ったことは残念ながらまだない。

古いところでは鉄腕アトムのお茶の水博士を始め、マンガに出てくる、ある程度お年を召した博士達はおしなべてこのような話し方をする。

(お茶の水博士)

(ポケモン、オーキド博士)

(コナン、阿笠博士)


「おかあさま」、「わたくしはそれでもよろしくてよ」、「いいこと、つぎはちゃんとなさい」などと言い、「オホホ」と笑うお嬢様にも、身分の違いゆえか、出逢ったことはない(是非お近づきになりたいが、笑)。

(エースをねらえ!、お蝶夫人)

これらの「役割語」は、つくりものの中のつくりごとをそれらしく見せるお約束であり、登場人物にキャラ立ちさせるための方便である。

また「役割語」は当人が、自分をどう見せたいのかというペルソナ(自己の外的側面)でもある。


ガンダムユニコーンのミネバ・ザビも、素性が割れた後にしゃべる言葉遣いは王様然となる。
「私はミネバ・ザビである!」

(ミネバ)

日本語には豊富な一人称(ぼく、オレ、わたし、あたし)、語尾(だぜ、なの)も、相手との人間関係に極めて注意を払う日本人のペルソナの使い分けの多様性を表している。



これらの言葉遣いがどのようにして誕生して日本人の共有財産になっていったか?

それを解き明かそうとする金水敏著『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』は好著。


http://www.amazon.co.jp/ヴァーチャル日本語-役割語の謎-もっと知りたい-日本語-金水/dp/400006827X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1340324410&sr=8-1

2012年6月23日土曜日

弟も妹もいらない!

比喩でなく、母親は身を削って胎児を育てる。


ヒトの母親は短期間に子供に投資するため、体への打撃は他の近縁種より大きい筈。
そのため、立て続けに次子を出産するのはさけたいところ。
昔は授乳期間が3年くらいと今より長く、授乳期中は妊娠しないため出産は先送りになる。

このお乳を与えていると妊娠しないというシステムは、手数のかかる子が次から次へと生まれてくることを避ける意味で母親にメリットがある。哺乳類では総じてそうである。


ライオンのハーレムを別のオスが横取りした際に、前のオスの乳児を殺すのもそのせい。
折角、死闘を尽して乗っ取ったのだから、すぐにでも自分の子供をメスに産ませたい。
しかし、子供を育てている間はメスは発情しない。そのため、前のオスの子供を殺してしまう。
メスは自分の遺伝子を持った仔であるのだから、殺されたくない筈であるが、体格差のあるオスには勝てない。斯くして、ハーレムの主交替の際には悲劇が起こる。




しかし、授乳期が長いことは子供からみてもメリットがある。


年の近い弟(妹)が誕生すると、これまで独り占めしていた母親の自分への投資が減じる


もう十分に普通にご飯が食べられる年になっても幼児がいつまでもお母さんのおっぱいを欲しがるのは、次の子が産まれてくるのを彼らなりに拒んでいるからである。


運悪く弟(妹)が生れてしまった場合に、お姉ちゃん(お兄ちゃん)が急に赤ちゃん返りしたり、ぐずったりするのも、できるだけ母親の注意と投資を自分に振り向けさせようとする彼らなりの策謀である。



これを「けなげ」とか思うのは親が子供にマインドコントロールされている証拠。

親からの集中的な投資がなくても良くなる頃には、兄弟同士の争いは穏やかになると予想される。

自分らは仲の良い兄弟だったと思える人は幸いである。
自分は遺伝子の操り人形じゃない、と。
(一見、利他的に見える行動が本当に利他的かどうかに関しては研究が進んでいる。いずれまた)





そもそも、赤ちゃんが泣くのは僕(しもべ)である親を傅(かしず)かせるため。
赤ちゃんは無力故に僕が必要なのだが、笑顔(アメ)と泣き(ムチ)だけでしもべを操るのは大したもの。上手に赤ちゃんの気持ちを忖度してあげないと小皇帝は烈火のごとく泣き叫ぶのだ、「この無能ものめが!」と。うまく忖度できた時には「よしよしほめてつかわすと笑顔で褒める。

(黒執事、セバスチャン)


あー、セバスチャンのような有能な執事が欲しい!



2012年6月22日金曜日

ダメな子になってやる

ヒトの赤ちゃんは未熟で産まれてくる。早産と言ってもいいくらいだ。

泣くことしかできない未熟状態のヒトの子に比べて、出産後直ぐに立ち上がれる馬の子では

ウマ
成馬体重  500kg
出生時体重 50~60 ㎏

と、馬は大きく成熟した子を産んでいることが分かる。

ヒト(日本人)
成人体重(女性)50 kg
出生時体重   3 kg

難産になっているヒトの母親としてはもっと早く子供が小さいうちに産みたいところだ。
だが、現在でも未熟なのにこれ以上早く産み落とすと、赤ちゃんが出産後育たない危険性が高まる。

そう、赤ちゃんには奥の手がある。
それは死んでしまうという手だ。

これはすごく危険なカードで本人にとっても最後の切り札であるが、このカードを胎児はちらつかせながら母親に譲歩を迫っている(おっと、これはどこかのならず者国家が他国を威すのに似ている)。

「あまり早くわたし(ぼく)をお腹から追い出すなら死んじゃうけど、それでもいいの?」と。

自分の遺伝子をもった我が子は、自分の遺伝子を伝えるためのノアの方舟である。
大事にせざるを得ない。

一人っ子政策の中国では、子供は王様のごとく大事にされるため増長して「小皇帝」と呼ばれるが、しかし全ての生物の子供は小皇帝なのだ。

親は子に勝てない。親は子にかしずく僕(しもべ)なのだ。


とまあ、ぎりぎりの母親と胎児のせめぎ合いの末、今の状態で母親は子供を産むしかない訳だ。

こう考えると、ヒトの胎児の2大特徴、

1. 大きい
2. 未成熟

も腑に落ちる。どちらも胎児の関連した戦略上にある。

つまり、ヒトの胎児の戦略は、胎内で大きくなりたいけど、早く成熟してしまうと早く追い出されるので、敢えてここは未熟のままいておこう、という戦略である。
(いつまで親のスネをかじっているつもりだ!)

まあ、なんと狡猾か。

胎児のその幼稚な作戦が、自らの未熟化に拍車をかけてきた。

(ハガレンより、エンヴィー)


この胎児の作戦が曲がりなりにも成功しているのは、必要条件として、ヒトが食物連鎖の頂点に立つ生物となったことと、ヒトの親が未熟な赤ちゃんを保育できたことが幸いした。

馬などの野生動物は生れてすぐに歩けなければ天敵にやられる。
猿なども、赤ちゃんは自らの力で母親の毛にしがみついて行動する。
直立二足歩行することができたために母親の手があいて、赤ちゃんはお母さんがだっこして運べるようになった。ヒトは定住することで、安心して子供を育てることができた。

*ヒトの赤ちゃんが手を握ったまま産まれてきて、産まれた後もしばらく手を握っているのは、母親の体毛にしがみついていた頃の名残。手を開いたまま産まれてくる赤ちゃんもいるが、昔だったらそういう赤ちゃんは育たなかったろう。今は育ってしまうため、今後そういう赤ちゃんがますます増えるかもしれない。

*未熟な赤ちゃんが産まれても母親がだっこするため、赤ちゃんが摑まるための体毛が母親に失われても問題がなかった。赤ちゃんの戦略で、女性は脱毛できたわけだ(笑)


さらには、乳児は母親と父親に、この手で我が子を抱ける喜びという報酬を与えることで、巧みに親を操作して自分にかしずかせている。


2012年6月21日木曜日

大きくてもねぇ‥‥

昨日のつづき


胎児はできるだけ大きくなろうとする。近縁種に比べても大きい。


あの巨体のゴリラはさぞかしりっぱな赤ちゃんを産むのだろうと想像するが、さにあらず。


ヒト(日本人)

成人体重(女性)50 kg
出生時体重   3 kg

ゴリラ     
成獣(メス)  80100 kg
出生時体重   1.8 kg

出産時の胎児を対母親の体重比で言うと、ヒトはチンパンジーに比べても約2倍程度大きい。


この点、胎児・父親連合軍は母親に勝利している。

一方で、近縁種の受精後の妊娠期間を比較すると

チンパンジー 230日
ゴリラ    260日
ヒト     260日

と大差ない。

このことは、ヒトの胎児が進化の過程で、極めて効率よく母親から栄養分を搾取して大きくなるシステムを獲得したことを示す。
ここでも、胎児・父親連合軍の大勝利といったところ。

追いつめられた母親としては、これ以上子供が大きくならないうちに産まなければならない。


事実、出産時の子供の死亡率はチンパンジーやゴリラに比べてヒトではかなり高く、ヒトの母親の難産は限界に来ている(昨日の骨盤の形状の問題もあり)。


このようにヒトの胎児の特徴としては

1. 出産時に大きい
2. 早く大きくなる


しかしより目を引く特徴として


3. 未成熟な状態で生れる


(エヴァより、胎児化したアダム)


つまり、ヒトの胎児は体重の増加は速いものの完成度は低い

ゆっくり仕上げる、といった感じ(丁寧に丹精込めて作られていると思いたい)


まるで、生物界のサグラダ・ファミリアである(いつ完成するんだ!?)。






この未熟という特徴も、胎児と母親との争いがもととなっている。


(次回につづく)

2012年6月20日水曜日

お父さんはおまえの味方だよ





ヒトはチンパンジーと500万年前に分岐して、その後独自の進化をとげたが、その中でも二足歩行が知能の発達を促したと言われている。
しかし二足歩行を始めたおかげで、さまざまな困難な問題に直面した。

その一つが、内臓がずり落ちてこないように骨盤の内輪を狭くする必要が生じた。
しかしそのためにまたまた困ったことが起こるようになった。

骨盤の内輪が狭くなると、その間を赤ちゃんが通り抜けるのが大変になる。

ヒトは動物の中でも非常に難産である。 

母親としては、元気のよい大きな赤ちゃんを産みたいのはやまやまなれど、あまり胎児が大きくなると出産に大変になるため、母親は胎児が大きくなり過ぎるのを抑制している。

ちなみに、ギネス記録では1955年にイタリアで生まれた男児の10.2 kgが出産時最大の赤ちゃんである。

(老子)

老子はかなりのマザコンだったらしく、胎内に70-80年もいて老人として産まれたらしいが、その出産風景は想像したくない。


2つめの理由として、その後も出産しなくてはならない母親にとって、一人の胎児に過度の投資をする訳にはいかない。


一方、胎児からしてみれば、自分は大きくなりたい。その後の生存率にも響いてくる。
母親の投資が自分の後に産まれてくる弟か妹にとっておかれるより、「自分にもっと投資してよ、お母さん」、なのだ。
(本当はあまり大きくなり過ぎたら自分も出産時にやばくなるのに、それには思い至らないのか?)


では、肝心の父親はその母親と胎児の争いにあって、どちらに加担するのだろう。

残念ながら、遺伝子本位の考え方に立てば、父親が子供の側につくことになる、のは明白である。

父親にとって、次に母親(現在の伴侶)が産む子が自分の子である保証はない。
一夫一妻制をとらない動物であればなおさら、次にメスがまた自分とつがってくれる保証はない(犬や猫、熊など)。
そのため、今母親が身籠っている自分の子(胎児)ができるだけ大きな子になるように願う。

つまり母親は、胎児・父親連合と戦っていることになる。

それを裏付けるように、胎児がもつ遺伝子のうち、父親由来の染色体の遺伝子と母親由来の染色体の遺伝子で発現が違う例として、成長ホルモンの遺伝子がある(ネズミでの研究)。

父親由来の成長ホルモンの遺伝子は活発に読み取られるのに対して、母親の方は読み取られない。
母親はあたかもあまり胎児の成長を願っていないかのごとくである。

まあ、お母さんに負担をかけ過ぎるこのシステムが問題なわけで、そのために母親はそれへの対抗策を発動するのである。

(次回へつづく)


(とある科学の超電磁砲より、巨大胎児さん)

2012年6月19日火曜日

遺伝子の巨人、ジストロフィン

X染色体は男性に一本しかない。

そのため、X染色体上の遺伝子の変異は伴性遺伝病を男性に引き起こす。

その一つにデュシャンヌ型筋ジストロフィーがある。

その原因はX染色体上に存在する「ジストロフィン」遺伝子の変異に帰する。
ジストロフィンは筋細胞の膜上にあり筋細胞と骨格を接着させているタンパク質である。
細胞膜が破れずに筋肉が動くためにはこのジストロフィンの働きが必要である。
つまり、ジストロフィンが異常だと筋細胞が傷付いてしまい筋肉が損傷してしまう。

実はジストロフィンの遺伝子は哺乳類の遺伝子の中でもっとも巨大である。
220万文字のATGCからなる(イントロンも含む)。
X染色体に遺伝子が1000個もあるものの、ジストロフィンは1つでX染色体の1/16も占める。
ジストロフィンは通常の遺伝子の70倍の長さをもつ。

転写にはなんと16時間かかる。



*エクソンは実際にタンパク質を暗号化している部分。イントロンは転写後に切り捨てられる部分。


ジストロフィンは79個のエクソンからできており、イントロン除去後に翻訳されて3500のアミノ酸からなる巨大タンパク質になる(ちなみにたんぱく質の平均アミノ酸は約400アミノ酸)。

*アミノ酸の長さで言えば、ヒト最大のタンパクはタイチン(titin)。
タイチンは27000個のアミノ酸からなる。これも骨格筋の収縮に関与する。
巨大ゆえタイタン(titan、巨神)からその名をつけられた。


(ナウシカより、巨神兵)



ちなみに、現在見つかっている中でもっとも小さなタンパク質のギネス記録は日本人が見つけたショウジョウバエのPRIタンパク質の11アミノ酸。アクチン骨格形成に関与している。

http://www.nibb.ac.jp/press/070502/070502_open.html

2012年6月18日月曜日

愛と誠 ー 究極の愛の形とは

純愛ドラマ(らしい)『愛と誠』



しかし、これもチョウチンアンコウの愛の形に比べたら、まだまだ、チョロい。


深海魚であるチョウチンアンコウの仲間(ミツクリチョウチンアンコウ)がもし網にかかったなら、それは全てそれはメス。
なぜ? オスはいないのか?

深海では、同種の生物がそれぞれ出逢うことすらかなり難しい。
そのため、オスはメスを見つけたら、取りあえずそのメスにかじりつく。メスのお腹に。
もともと、チョウチンアンコウの仲間のオスはメスに比べてかなり小さい。

その後がすごい。
オスはメスに吸収されてしまいメスに同化してしまう。
つまり、オスはメスに精子を渡すためだけの精巣と化す。
中には、何匹もオスが同化した(多夫一妻)もてもてのメスもいる。
なんか、もてたくない気も。。




一心同体、まさに究極の愛の形!(笑)


有性生殖は遺伝子の多様性を作り出すことが第一義であり(病原菌対策のため)、そのためにこの面倒くさいシステムを採用している。

ここにおいて、オスの存在意義はメスに精子を渡すことに尽きる。
オスはメスの付属物であり、それを象徴しているのがこのチョウチンアンコウである。

一方、ゴリラのオスは巨体で逞しくみえるが、それはメスを守りメスの子育てを手助けするため(自分の子供でもあるが)。

メスが生物の基本!
オスはメスを改変してつくったもの(デフォルトはメス)。

これを知れば、なぜ男が病気に弱いか、男の寿命が短いかも納得!(したくないが‥‥‥)


男はせっせと女のために役立つということを見せ続けていかないと、ちびちびにされて女に吸収されてしまう。 

役に立たない男をちびちびにするスモールライト

2012年6月17日日曜日

大野乾博士とカネゴン

折角なので、昨日紹介した故大野乾博士について。


日本が誇る進化生物学者は、大野乾と木村資生(もとお)の二人。
(木村資生の中立進化説はいずれまた)

(大野乾)

http://ja.wikipedia.org/wiki/大野乾

彼は遺伝子重複による偽遺伝子の出現や、遺伝子重複による進化を予言した。


女性の間期の細胞の核には男性の細胞核にはない「バー小体」という構造がある。



この正体は2本あるX染色体の片方の不活性化したX染色体の矮小化した姿(Xi)である。
活性化している方からは活発に遺伝子が転写されるので、こちら(Xa)はほどけた状態になっている。
Xaに比べてXiのDNAは間期の核内で縮こまった繭のような状態として観察される。

これを突き止めたのも大野。

(ウルトラQよりカネゴンの繭からの誕生)


彼は鋭い洞察力を持った優れた思索家であって、姿形の異なるXとYの性染色体はもともとは同一の相同染色体(常染色体)であることを当時いち早く見抜いた。


大野のその他の多くの業績についてはいずれ。

2012年6月16日土曜日

鑑賞用、保存用、布教用

昨日の補足

遺伝子重複は偽遺伝子を生じる厄介な現象であるが、

しかしその反面、遺伝子重複は生物の進化の原動力にもなっている。

これは大野乾(すすむ)博士が提唱した。
『遺伝子重複による進化』は一読を是非勧めたい名著である(残念ながら現在絶版)。

(遺伝子重複による進化)

脊椎動物は魚類から陸棲動物になり進化する過程で、ゲノム(全遺伝子)全体が少なくとも二回程度倍加したと考えられている。

それによって、双子の遺伝子の片方にフリーハンドの余地が生じる。
そういう場合には、昨日話したように、大概は片方はグレて(変異して偽遺伝子化して)いずれゲノムからも消えてゆく。

しかし、その変異により遺伝子がたまたま別の役割を担うようになることが起き得る。

例えるならば、セブンブリッジでフルハースを崩してストレートフラッシュをつくる僥倖を期待するようなものである。
いや、もう少し軽微な変化、5, 6, 7, 8, 9のストレートで5を捨てて10を拾うような確率であるのかもしれない。それならば十分に有り得る。
進化というものは多くの個体がセブンブリッジを何億年もやり続けているようなもの。フルハースを少しずつ崩してストレートフラッシュができることくらいのラッキーは起こりえる。

ただし誤解を避けるために言うと、遺伝子は無目的に手札を替える。つまりストレートフラッシュをつくりたいと思って手札を替える訳ではないから、人間がトランプをやるよりずっとストレートフラッシュが揃う確率は小さい。

さらにフルハースからストレートフラッシュができる間の手札はブタである。
遺伝子も新しい機能を獲得する中間体が何かの役に立っているかに関してはケースバイケースであろう。

昔、こんな議論があった。鳥類の祖先に中途半端に飛べもしない羽があったとしてそれが自然淘汰に有意であったか?ということである。しかし、それは人間がまだ気付けないだけで恐らくそのような中途半端な表現型を示すと考えられているものに限って言っても、何らかのメリットはあったのだろう。

しかし、そんな勝手が許されるのも元本(もう一人の私)がいてくれるからである。

(Another、双子の見崎鳴と藤岡未咲)

  
同じ遺伝子が2つも3つも存在するというのは、無意味ではなく、新しい遺伝子を獲得するために重要である。

同じCDを鑑賞用、保存用、布教用に3枚買うことにも生物学的意義はある(笑)
(布教で意識のコピーが広がる)